落語にはさまざまな職業が登場します。
演芸評論家の相羽さんならではの切り口で
落語国の仕事をみてみると……。
文/演芸評論家 相羽秋夫
ぜんざい屋が公社(公共企業体)になった。物見高い男が訪れると、店内には、「君が代」が静かに流れ、国家公務員の女性店員が、本人確認ができる証明物を出せ、と迫る。ぜんざいの中に入れる餅を焼く場合は消防署の許可を、生で食べる時は健康診断が必要、と別の階にある窓口に足を運ばせ、おまけに手数料まで払わせる。
煩雑な手続きの末に、やっとぜんざいにありつくが、小豆(あずき)や餅はあるが、かんじんの汁がない。男が抗議すると店員、おごそかに「当方は役所です。甘い汁は先に吸うてます」。
ぜんざいには、“良きかな”の意味がある善哉の字を当てる。甘い物を口にすると誰でも至福を覚える。つい口をついて出る言葉が善哉というわけだ。
すしと言うと、関東では握り鮨、関西では押(箱)鮨を指すように、ぜんざいも東西で微妙な差がある。関東では餅や白玉に濃い餡(あん)をかけたものだが、関西はつぶし餡の汁粉(しるこ)のことである。その汁粉にも、いくつかの種類がある。まず、こし餡の御前(ごぜん)汁粉、つぶし餡の田舎汁粉、こし餡に砂糖煮の小豆を加えた小倉汁粉、さらには湯を注ぐだけの乾燥させたさらし餡の懐中(インスタント)汁粉もある。
昭和初期の小説家、織田作之助は大阪の下町風情を描いた『夫婦善哉』で世に出た。ミナミのシンボル、水掛不動尊のかたわらには、今もぜんざい屋がひっそりと佇まいを見せている。甘いものの口直しには、大阪名物の塩昆布が付く。これに見習い、松竹新喜劇の藤山寛美は、笑わすためには泣かすことだと、泣き笑いの人情喜劇を完成させた。
落語のタイトルの基になった「公社」は国有鉄道・タバコ専売・電信電話の3事業体だが、すべて民営化された。古典の改作であったこの噺も、すっかり古典化した。
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