落語にはさまざまな職業が登場します。
演芸評論家の相羽秋夫さんならではの
切り口で落語国の仕事をみてみると……。
文/演芸評論家 相羽秋夫
世の中には、9万近い職種があるという。わが落語にも、さまざまな職業が登場し、生き生きと描かれている。それらの職業をご紹介する1回目は、現代の人材派遣会社に当たる『口入屋』と称する上方落語である。
商家の奉公人や武家の下働きに欠員が生じると、口銭(こうせん)を取って斡旋をする口入屋に、布地(ぬのじ)を扱う商家から、女子衆(おなごし)を1人紹介してほしいとの依頼が入る。気立てが良くて別嬪(べっぴん)の女性が送られてくる。番頭はもちろん、手代や丁稚までが心中穏やかでない。番頭は「私は夜中に寝ぼけて他人の部屋に入る癖がある。そんな時は声を出さんといてや。そしたら着物の2、3枚すぐあんたのものになる」と言い含める。
その夜、番頭は2階の女子衆の部屋に忍び込もうとするも、先刻承知のご寮人(りょん)さんが、階段の上の戸に錠(じょう)を下ろす。番頭、膳棚に足をかけて2階に登ろうと試みるが、棚の紐が切れて、棚を肩で担ぐ羽目になる。手代も同じことを考え、同じ方法で上に上がろうとして、同じようにもう片方の棚を担ぐことになる。物音に気付いたご寮人さんが「そんな所で何してなはる」と問うと、寝たふりをした2人「へえ、宿替えの夢見とります」。
御大家(ごたいけ)では、部屋の片づけや旦那一家の身の廻りを世話する上(かみ)女子衆と、炊事・洗濯・清掃を受け持つ下(しも)女子衆があった。この噺では、上女子衆のことだろう。
番頭は、パワハラとセクハラと強姦未遂の罪に当たるのか、処分はどう下ったのか。女子衆は、この店を辞めたのか。口入屋に抗議したのか。噺の先はさっぱり分からない。落語は、桂枝雀流に言うと、緊迫した状況をオチで一気に解消する「緊張の緩和」が身上である。この先の物語は、どうぞあなたが、思い描いてほしい。
筆者は、13年間に及ぶマネージャー業をしていた松竹芸能を円満退社し、当時の公共職業安定所(現ハローワーク)に、“放送作家”の職を求めたことがある。そんな求人が見つかる訳もなく、10か月も失業保険で生活した、切ない過去を持つ。
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