橋をテーマに、大阪の歴史を紐解く書。当時の風景まで浮かんできます。この本を読んで橋巡りも楽しそう。いつも何気なく渡っている橋で、ふと足を止めたくなる1冊です。
著者紹介:伊藤純(大阪歴史博物館学芸員)、橋爪節也(大阪大学総合学術博物館教授)、船越幹央(大阪歴史博物館学芸員)、八木滋(大阪歴史博物館学芸員) ※肩書は出版当時のもの
『大阪の橋ものがたり』
伊藤 純、橋爪 節也、船越 幹央、八木 滋/創元社
目次(『大阪の橋ものがたり』P5~P9)
はじめにーー浪花の八百八橋
九之助橋 橋向こうは誘惑の世界
水晶橋 本来は汚水排出用に作られたダム
天神橋 江戸時代にだんじり崩落事故
大江橋 日の目を見なかった第二案
田蓑橋 異国を思わせた黄昏の美
大正橋 橋脚のない美しいアーチ
心斎橋 諸国名産の石を加工する「石浜」の景観
猪甘津橋 『日本書紀』に記述、最古の橋
戎橋 銘板に古き川柳散りばめて
天満橋 洪水で流失、耐久願い鉄橋に
思案橋 右も左も味わい深い
住吉大社反橋 船大工が「海の神様」寄進
端建蔵橋 近代都市美、昭和初期に活写
難波橋 和歌山にライオンの兄弟が
日本橋 道頓堀川に架かる南の玄関口
長柄橋 朽ちた桂木、文人が珍重
十三大橋 日本家屋を連想させるアーチ
大船橋 大阪最大級の「はね橋」
梅の橋 江戸中期の高津が偲ばれる
阿倍野橋 流れるのは水ではなく電車
幽霊橋 出た!? 難波の裏にヒュードロロ
京橋 高欄にネギ坊主形擬宝珠
太左衛門橋 その名は芝居興行主に由来
雪鯨橋 鯨の恵み、感謝と供養で橋に
難波土橋 落語の舞台、鋼橋でも土橋
宇和島橋 大阪から国元・四国に移築
崎吉橋 江戸の新興遊興地の賑わい
肥後橋 佐伯が見た大阪の”巴里”
本町橋 東横堀川の「曲がり」に諸説
堂島大橋 昭和到来、渡り初めも近代的に
萬載橋 能勢街道筋沿いの小さな石橋
鉾流橋 名前は天神祭の神事にゆかり
道頓堀橋 響き渡る地下鉄工事の槌音
淀川大橋 「田舎」と「都会」つなぐ場所
太平橋 物語の跡伝える欄干
高麗橋 江戸初期には道路の基点に
信濃橋 名画の雪のメインストリート
雑喉場橋 魚市場に由来する名残の橋
国津橋 瑞賢開削、安治川賑わいの跡
赤川鉄橋 列車のわきを歩いて渡る
高津原橋 よみがえる映画館の記憶
眼鏡橋 運河の入り口、アーチの形
浜中津橋 現存する最古の鋼鉄鉄道橋
源八橋 「渡し」は消えたが、名は残った
秋月橋 ”大大阪”の迎賓館、短い生涯
道頓堀川可動堰 「昭和モダニズム」がまた消える
白髪橋 土佐の山の名前に由来?
愛染橋 今や無数の車が流れている
西国橋 ”大大阪”自慢の美観地区
毛斯倫大橋 毛織物産業隆盛の名残
太郎助橋 徳島藩の名代、阿波屋が架ける
梅田橋 大火で消えた曽根崎川に架かる
新橋 おもちゃが伝える”大大阪”
野田橋 小さな橋でも京街道の要衝
備前橋 幕末、緊迫の湾岸警備を物語る跡
隆平橋 古銭の出土にちなむ
瓦屋橋 上方芝居の古蹟、風情跡形もなく
桜橋 駅へと向かう道の栄枯盛衰
尻無川橋梁 運河のまわりはすっかり変わっても
天保山運河可動橋 生産地と大阪港を結んだ臨港線
上之橋 小京都のおもむきの風景
筋違橋 橋に橋を接ぐ珍しいT字形
長堀橋 堺筋の要衝は公儀橋のひとつ
極楽橋 大阪市内にいくつもあった地獄極楽
藤中橋 篤志家のロマン、自分の名で架橋
正安橋 夢の国のそば、漂う喪失感
船入橋 「天下の台所」の名残
芦原橋 南海汐見橋線に残る鉄橋
下大和橋 道頓堀川、あふれる色気
出入橋 鉄道よりも優れた舟運
渡辺橋 同名異橋に引き継がれる物語
平野橋 夜店の賑わい、今はなく
安堂寺橋 高架下に今も漂う奇談怪談
栴檀木橋 大木と戦没者慰霊の場
玉江橋 堂島とともに生まれた橋
相合橋 一筋縄ではいかない橋
港大橋 大スケールの赤い橋にこみ上げる思い
淀屋橋 「橋梁美」を体現した名橋
安治川橋 橋から河底トンネルへ
四つ橋 鬼貫と来山が仲良く並ぶ旧名所
末吉橋 忘れられつつある格の高い橋
昭和橋 水都の美観を引き立てる橋
大和橋 住吉と堺をつないできた橋
樽屋橋 樽は天満の酒造から
板屋橋 川が消えても残る記憶
幸小橋 まぼろしの桜川にあった小さな橋
緑地西橋 明治初期の橋の一部が公園内に現存
千本松大橋 ループ橋のてっぺんからの絶佳
おわりに
索引
著者紹介