職業:盗人(ぬすっと)
落語にはさまざまな職業が登場します。
演芸評論家の相羽秋夫さんならではの
切り口で落語国の仕事をみてみると……。
文/演芸評論家 相羽秋夫
「盗人が職業なの?」と疑問の向きもあろうが、「盗みを働く」という成句があるように、法律では認められていなくとも盗んだ金品で生計を立てている点で、職業の一つに数えることができる。
ヌスットは、ヌスビトの転化である。ヌストと縮めることもある。泥棒(泥坊とも表記)、盗賊、刑法上は窃盗犯、と言う。
上方落語は盗人、東京落語は泥棒と表現する。ちなみに盗人シリーズには、「打飼(うちがえ)盗人」「追いかけ盗人」「おごろもち盗人」「影法師盗人」「画割(かきわり)盗人」「杭(くい)盗人」「鯉盗人」「碁(ご)盗人」「逆様(さかさま)盗人」「写真屋盗人」「仏師屋盗人」「鋲(びょう)盗人」「へっつい盗人」「眼鏡(めがね)屋盗人」などがある。
家財道具がほとんどない寡(やもめ)暮しの男の家に盗人が入った。物色するも何もないので困っていると、男と顔を合わせ、男は詰問する。
盗人の持っている煙草入れや煙管(きせる)の値段を聞き、高価な品だと分かると、男は盗人に金をせびる。盗人はたまらず逃げ出す。その背中に男が声を掛ける。「おい! 打飼(うちがえ=金銭を入れて腰に巻く袋。財布のようなもの)を忘れてる」。
盗人が境内に逃げ込むと捕らえられることを免れる、とされる盗人を守護する神を祀る神社がある。千葉県市原市の建山(たてやま)神社、長野県大町市の盗人宮、岡山県岡山市の戸隠宮がそれである。正に「捨てる神あれば拾う神あり」だ。
酒を多量に飲んでも、全く顔にも出ず、様子も変わらない人を「盗人上戸(じょうご)」と言う。酒と甘い物の両方を好む人のことも指す。大阪では、この二刀流を「雨風(あめかぜ)」と呼んでいる。
「盗人の上前(うわまえ)を取る」の諺がある。盗人の盗んだ金品を取ることだが、紹介した噺は、この諺どおりだ。
盗人が盗むものは金品だけではないらしい。こんな川柳がある。
――盗人猫下女の不在を確かめる
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