職業:刀鍛冶(かたなかじ)
落語にはさまざまな職業が登場します。
演芸評論家の相羽秋夫さんならではの
切り口で落語国の仕事をみてみると……。
文/演芸評論家 相羽秋夫

その日、江戸城では8代将軍を決める会議があった。最大の有力候補である尾張藩主は上屋敷を出て城に向かう途中、鍛冶屋の前を通ると、刀工の打つ槌の音が「天下取る、天下取る」と聞こえた。
予想通り、会議で将軍に指名されるも、謙遜して辞退したため紀州藩主に決まってしまう。それでも尾張公は、相手も辞退してくれるものと先程の鍛冶屋の前を通りかかる。刀工が焼けた刀身を鍛えるために、水の中にずぶりと入れると「キシュー」(紀州)」。
鍛冶屋には、鍬(くわ)や鋤(すき)などを造る農具鍛冶と、刀を打つ刀鍛冶、それに鉄砲鍛冶がある。刀鍛冶は刀工、刀匠とも呼ぶ。
刀鍛冶の名工と称された最初は、平安期に現われた伯耆(ほうき・鳥取県)の安綱と、同時期に京・三条に住んでいた宗近だと言われている。
その後、各地に名工集団が出現するが、まず京都の国友・国行・定利・国信・光長・信国・長吉・吉規らが、それぞれ一派を構えて「山城(やましろ・京都府)物」と呼ばれる名刀を産み出した。そして、地鉄(じがね)が良好で鍛えが秀れていると定評がある「備前(びぜん・岡山県)物」がある。
備前物の一派の初代は光忠で、長光・景光・真長・兼光・祐定ら“長船(おさふね)”と総称される名工たちが「長船物」の名刀を世に送り出した。
さらに、美濃(みの・岐阜県)が、備前に次いで刀の中心地になり、特に関(せき)に集中したので「関物」の名が残っている。その代表が兼氏で、兼次・兼友・金重・孫六兼元・兼定らが実用性のある名刀を多産した。
また、「相州(そうしゅう・神奈川県)物」も評価された。今まで述べた山城や備前、それに福岡から名工が鎌倉に集ってきて一派を成した。国光・国弘・行光らが基礎を作り、正宗が花咲かせた。刀紋の美しさに特徴があり〝正宗十哲″と呼ばれた名工を輩出した。
これらの刀は、武器として造り出されたのだが、現代では古美術品として高額で取引されている。
〝無用の長物″にはならないことを祈る。
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