落語にはさまざまな職業が登場します。
演芸評論家の相羽さんならではの切り口で
落語国の仕事をみてみると……。
文/演芸評論家 相羽秋夫
髪結い床では、順番を待つ客が世間話に余念がない。自慢話、失恋談、女房の悪口で花ざかりだ。中に、字の読めない男が「太閤記」を広げている。それを見た1人がからかってやろうと、「声をあげて読んで、皆に聞かせてくれ」と注文を出し当惑させる。
こちらでは、王将抜きで将棋を指し、詰まないと叫んでいる。そんな大騒ぎの最中、代金を払わず帰った男がいる。「あいつは誰や」「あれは畳屋の職人だ」「それで床(とこ)を踏みにきた」。
オチは説明がいる。床を踏むとは、金を払わないこと。畳屋は仕事柄、必ず畳(とこ)を踏むことも引っかけている。
髪結いは、平安期の天皇の調髪に始まり、鎌倉期までは烏帽子(えぼし)の下の簡単な作業ですんでいた。だが室町後期以降は、露頭(ろとう=何もかぶらないこと)や月代(さかやき=頭の中央を半月形に削ること)が一般的になり、職業とする者が現れた。江戸期に入ると、簡略な仮店で営業したので床と呼ばれるようになる。江戸・大坂・京都では、橋詰や辻に床をかまえた。道具を持って顧客をまわる者もあった。江戸では、番所に床をもうけて番役も代行した。さらに橋の見張番や火事の際に役所に知らせる役まで課せられていた。
女性の髪を結う女髪結が出現したのは遅く、風紀を乱すとの理由で禁止されたこともあったが、幕末には公然と営業した。今日では、パーマや結髪などの美容術を行う施設を美容室とかビューティー・サロンと称している。
床屋は、散髪屋・理容店・理髪店の名称で親しまれている。その店頭に、細長い筒の中で赤と青の縞模様が動く看板が置いてある。この色は動脈と静脈を表わすとの説があるが、それは間違いで、イギリスではじめてこの筒が掲げられた頃は、医学界では動脈と静脈の概念がまだ存在していなかった。単に良く目立つデザインだからだ。
「髪結いの亭主」と言えば女房の働きで生活している男のことだが、今日では「紐(ひも)」と言う。なんと情緒のない言葉ではないか。
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