所在地:大阪市中央区森之宮中央
写真/中原文雄 文/松本正行
越中井(写真上)の越中とは細川越中守忠興を指します。付近に彼の屋敷の台所があったことから、このように名づけられました。『摂津名所図会』に掲載されるなど江戸期は観光地だったようで、大正期までは実際に井戸があったといいます。現在の井戸は戦後になり、地域の住民によって復元されました。
実は、ここは歴史を変えた場所でもあります。
忠興夫人はクリスチャンで有名な細川ガラシャ(玉子)。明智光秀の娘で、絶世の美女としても知られています。関ケ原の戦いの前、家康と一緒に会津征伐に出向いた忠興たち豊臣恩顧の武将を、三成は反家康の陣営に引き入れようとしました。まずは武将の家族を人質に取ろうと考え細川邸を囲んだのですが、ガラシャは家臣に自らを介錯させ、屋敷に火を放つよう命じたのでした。結果、人質作戦は失敗に終わります。
井戸の横には、昭和初期に地元の人たちによって建立された顕彰碑が建ちます。側面には、ガラシャの辞世の句「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」が刻まれています。近くの聖マリア大聖堂にはガラシャ像(写真下)もあり、堂本印象が手掛けた内陣の絵には彼女の姿が描かれています。上町台地のこの地には、いまもガラシャの記憶が強く刻まれているのです(「聖マリア大聖堂」は本連載第9回で紹介しています)。
中原文雄
1948年生まれ。建築工房日想舎 主宰。NPO法人まち・すまいづくり会員。
松本正行
1965年生まれ。ライター・編集者。NPO法人まち・すまいづくり会員。
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