所在地:阿倍野区松虫通
写真/中原文雄 文/松本正行

駅や通り、学校など、さまざまな名前に使われている「松虫」。実はこの松虫は、いま私たちがイメージする虫とは異なります。かつては鈴虫を「松虫」と呼び、逆に松虫を「鈴虫」と呼んでいたのだそうです。これらの名の由来とされるのが「松虫塚」(写真上)ですが、築かれた時期はわかっていません。ただ、鎌倉時代の伝承に基づいているとされています。
後鳥羽上皇の寵愛を受けた2人の女官(松虫と鈴虫)が、法然上人の話に感銘を受けて出家。その後、松虫はこのあたりに庵を結び、余生を過ごした、といいます。塚の傍らには数年前まで樹齢800年といわれるエノキが立っており、伝承の時代とも重なります。
もっとも、松虫塚にまつわる話は一つではありません。たとえば、「親友同士で松虫の音を愛でながら歩いていたところ、虫の音に聞き惚れた一人が草むらに分け入り、そのまま命を落とした。残された一人が友を手厚く葬った」というものや、「松虫の音色に魅せられた人物がこの地に家を建て、虫の音を友として暮らし、松虫にちなんだ辞世の句を残して世を去った」というものがあります。このうち前者は、能の演目『松虫』の題材となった物語で、舞台は摂津国の阿倍野です。
写真下の由緒書によれば、芸事上達の祈願で訪れる人もいるのだとか。積み重なった歴史の力を感じる――。そんな場所であることは間違いありません。

中原文雄
1948年生まれ。建築工房日想舎 主宰。NPO法人まち・すまいづくり会員。
松本正行
1965年生まれ。ライター・編集者。NPO法人まち・すまいづくり会員。
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