数多の寺院が立ち並ぶ下寺町から、節句人形で有名な人形の町「松屋町筋商店街」を通り、中之島まで抜ける松屋町通り。その一角、高津宮(高津神社)すぐ西に、日本全国から、果ては海外からも「お香」を求める方たちが訪れるお香専門店があります。
上品で優しい香りが漂う店内。お線香やお香グッズが並び、中には不二家の『ペコちゃん』やNHK大河ドラマ『真田丸』のケースに入ったお線香やお香も。奥の調合スペースは、ガラスに入った香原料で壁が埋め尽くされ、高価そうな香木も並んでいます。
今でこそお香専門店として知られる森川商店ですが、先代までは日用雑貨がメインのお店だったそう。
今や、日本全国から、さらには海外からのお客様を惹きつける森川商店さんに、街への想いを伺いました。
森川勝重さん PROFILE
上町台地の「日本赤十字病院」生まれ。高校卒業後、印刷業に就職。26歳で家業を継ぎ、日用雑貨店からお香専門店へ業態を転換。大阪、日本、さらには海外からも注目されるお香専門店に成長させた立役者。
森 川 商 店(芳月苑)
〒542-0072 大阪市中央区高津1−10−15
TEL 06-6761-7975
営業時間:8時30分~18時
定休日:日・祝
駐車場:なし
スーパー・薬局の進出でお香専門店へ
――勝重さんは、「森川商店」の2代目なんですね。もともと継がれるご予定だったのですか?
社会人になって、最初は近くの印刷屋さんで8年ほど働いていていました。今はだいぶ少なくなりましたけど、当時、このあたりには印刷屋さんや紙屋さんがたくさんあったんです。でも、両親も高齢になってきたのを見て、「継がせて」とお願いしました。
――代々、こちらでお香を販売されてきたのですか?
いえ、もとは日用雑貨店だったんです。小売りよりも卸をメインにしていて、日用雑貨をスーパーなどに卸していました。お香といっても線香を少し販売していた程度でしたね。ところが、大型チェーンのスーパーや薬局が次々とオープンして、商売が先細りになってきたんです。そこで、私が家業を継いでから専門店に転換しました。
ーー森川さんは、もともとお香に興味があったのですか?
実は、お香にはまったく興味がなかったんですよ。きっかけは、お香・お焼香の製造会社、長川仁三郎商店の田中英次会長さんとの出会いでしたね。
お香は主に天然漢方香料を調合して香りを作るのですが、会長さんが「うちの会社で社員向けの勉強会やってるから来る?」と誘ってくださり、通わせてもらったんです。そうしたら調合が楽しくなってきて、どっぷりはまってしまいました。
それならいっそ業態を変えようかと思いついたんです。今でも日用雑貨は少し販売していますが、大きいスーパーや薬局と同じようなものを売っていても勝ち目がないので、お香に特化して販売しようと。
ーーお香専門店としてスタートされて、反響はいかがでしたか?
コロナで自宅にいることが増えたときに、「癒しのためにお香を焚きたい」という方が増えました。アロマも人気ですが、また違った良さがあると、どんどん見直されてきています。最近ではお香のスクールや講座が増え、お香に興味がある方はもちろん、アロマを学ばれた方がお香も勉強したい、と興味を持つケースも多いようです。
――アロマのように効能とかあるんですか?
ありますよ。「沈香」には鎮静効果がありますし、衣替えの度に虫よけ効果のあるお香をお求めになる方もいます。
――香りにも流行りすたり、みたいなものはあるのですか?
けっこうありますね。常にみなさんがお好きな白檀は、それだけでほんのり甘めの香りなのですが、一時期はさらにバニラの香りも足して、もっと甘い香りが売れていたこともありました。そうかと思うと、今度はホワイトセージやフランキンセンスの香りが急に人気が出たり。長く携わっているとおもしろいです。
ーー森川さんはどのような香りがお好きなんですか?
沈香ははまりましたね。同じ沈香でも、ベトナム産のもの、インドネシア産のものなど、産地によって「甘い・酸っぱい・辛い・苦い・しおからい」という、香道でいう「五味」と呼ばれる香りの微妙な違いがあって、個性があるんです。覚えるだけでもおもしろいんですよ。
ーーこのお店に来て、森川さんとお話をするだけで、勉強になって楽しいですね。ほかのお客様にも、こんなにお話しされてるんですか?
お香文化を次に継いでいくのも使命だと思っているので、聞いてくださったら、たくさん話してしまいます。ぜひ、なんでも聞いてください。
全国からこの街に人を呼ぶ店。インバウンドにも対応!
――お店がある中央区から周辺の地域まで、どういう街だと感じられますか?
私の店からずっと一心寺さんまで続く下寺町にはお寺が軒を連ね、中寺のあたりにもいくつもお寺が並び、本当にお寺が多いです。この家業を継ぐまで、お寺に関心もなく、気にしたことがなかったのですが、お香を扱うようになってからこんなにお寺っていっぱいあったんだなって驚きました。
――小さいころは、どんなところで遊んでましたか?
すぐそばに高津宮があるので、その公園で遊んでましたね。真田山公園や真田山のプールにもよく行きました。当時は屋内プールはまだなかったと思いますけど、屋外プールはもうあったと思いますね。
ーー当時と比べて、街の様子は変わりましたか?
マンションばかりが建ってさびしくなりましたね。海外の方も増えた印象があります。
お店も、最近、海外のお客さんが多いんです。特に台湾やシンガポール在住の中国の方が増えてきました。欧米の方や韓国のお寺関係のもよくいらっしゃいます。逆に韓国の個人のお客様は減りました。韓国でもお香を販売するお店が増えたのが原因のようです。
――海外の方はどういったものを求められる?
海外の方は日本のお線香が好きで来られる方が多いですね。白檀や沈香のお線香など昔ながらのものをよく求められます。合成香料を使わない「本物の香り」をとおっしゃられる方もおられますね。
――英語でご対応されるんですか?
かたことの英語と、スマートフォンの通訳機能で対応しています。お香が本当にお好きで来られる方が多いので、好みをお伺いしてオススメすれば、気に入っていただけることが多いです。下調べをしっかりして来られる方も多く、写真を見せながら「これがほしい」と言われる方もいて、わりとスムーズです。
――ずいぶん遠方から、このお店を目指してこられるんですね。
そうですね。大阪にはほかにないんでしょうね。
――たしかに、周辺にお香のお店ってなさそうですよね。
ないんですよ。この辺りではうちだけじゃないですかね。メーカーさんはありますが、自社の製品しか販売されてませんし、全国から仕入れて、これだけの品揃えは、大阪では一番ではないか、と、そこは自負しています。
ーー森川商店さんを目指してきてくださった観光客の方が、付近を周遊してくれると、街にとっても助かりますね。
仏事離れを憂い、下寺町でお香イベントを開催
――これからも、お香の文化は受け継がれていってほしいですね。
1500年ほど前に仏教が日本に伝来したときから存在し、現在に至るまで、形を変えてずっと日本人はお香を使ってきているので、なくなることはないのかな、と思います。
ただ、今は「お寺さん離れ」「仏教離れ」を感じるので、心配しています。「墓じまい」という言葉もよく聞くようになりましたよね。お香でも「楽しむお香」としては、上向きになってきていますが、手を合わせる仏事としての「香」は、確実に下がってきています。
――お香を扱っている森川さんとしては、仏事も大切にしてほしいと?
もちろんそうです。お寺に興味がない方でも、お寺や神社にもっと足を運んでほしい、と強く願っています。その思いから、お寺でのイベントに参加するようになったんです。
ーーイベント開催にも強い願いが込められていたのですね。特に懇意にされているお寺はあるんですか?
下寺町の光傅寺の副住職さんは、お寺でお香のイベントを始めるきっかけをくれた方です。
ホームページに「次の世代にこのお香を繋げたい」といった思いを載せていたところ、そこに惹かれてお声をかけてくださったんです。そこから、「お香づくり体験」や「匂い袋体験」のイベントを始めるようになりました。
この方は下寺町の「三帰会」という若手僧侶の会の役員もされていて、他のお寺の方々にもご紹介くださり、宗派を超えて、いろいろなお寺でイベントをさせていただくようになりました。
ーーイベント、たくさん開催されてますよね。「お香づくり体験」が人気だと聞きました。
「なにわ人形芝居フェスティバル」で2年に1度イベントを開催しているほか、光傅寺の「お香フェスティバル」では毎年色々なお香ワークショップを開いてます。近年、リピーターの方も多くなってきました。
特に「匂い袋づくり」が好評ですね。小さい巾着の中にお香を入れた匂い袋は、地方のお土産屋でももちろん売ってるんですが、合成香料のものも多く、2~3か月程度で香りがなくなってしまうこともあるんです。その点、天然漢方香料で作ると、1年ぐらいたってもまだほんのり香りが残っているほど、「持ち」が全然違います。
最近では「香りが薄くなったのでまた作ってもらいに来ました」と言って、1年ごとにイベントで新調してくださる方が増えてきています。
ーー「匂い袋づくり」のイベントでは、森川さんのお店にある漢方香料が自由に使えるのですか?
匂い袋を作るワークショップでも、うちで取り扱っている香りは全部好みで使っていただけますが、いちから作ると大変なので、ある程度のベースは作らせてもらい、そこに好みで調合を楽しんでもらっています。また、来場された方のイメージで私が即興で作ることもあります。
――初めて出会った方を見ても、すぐに香りがイメージできたりするのですか?
そこまですぐにではありませんが、少しお話しすると浮かんできたりしますね。その方の話し方、雰囲気、好みなどがわかってくると、「明るく爽やかな感じかな。白檀、ジャスミン、ラベンダー、薫陸(くんろく)、麝香(じゃこう)」とか「辛めの、少し渋めの香かな」とか。
2024年の地蔵盆では、下寺町の西照寺さんのイベントで、シャボン玉に香りをつけて飛ばすという初めての試みに挑戦しました。調合した香りをシャボン玉液にたらして吹いてもらうんです。割れると香りがふわっと香るんです。新しいい企画として、今後もどんどん取り入れていきたいですね。
――今後、この街がどうなるといいと思われますか?
この地域はどこへ行ってもお寺が多いですよね。京都のような大きいお寺ばかりを巡るツアーは難しくても、地域のお寺でも、観光が楽しめるような街になってほしいと思っています。そのためにも、イベントなどを通して集まっていただけるように、私も活動していきたいです。
ーー森川さんのその思いが広く伝わることで、この街の未来がさらに良いものになりそうですね! 私たちもぜひお手伝いさせてください!
森川さんのおススメのお店
「おでんのハチマル」
「黒門市場付近のおでんやさんです。光傅寺の副住職さんたちと集まる時によく行っています」